騙されない生き方 〜スマナサーラ長老法話メモ(2011年4月23日 — オリンピック記念青少年総合センター)
〜嘘に踊らされず、疑心暗鬼にもならない方法〜
- 騙されたくはない?
- なぜ他人を騙す?
- 自利・他利
- 「自利」は本能です
- 自利と自我愛
- 自我愛から自己愛へ
- 自己愛へ進む
- 自我愛の矛盾
- 自分好き
- 無駄な批判
- 騙されて損する
- 限りのない騙しのテクニック
- 騙しのプロ — 宗教
- 騙しのプロ — 政治家
- 騙しのプロ — 大企業
- 騙しのプロ — 科学者
- 正直の人の発見
- 煩悩があるから騙される
- 疑心暗鬼
- 騙せないようにする技
- ブッダが説く信仰から身を守る技
- 理性に基づいて自分が決める
- 騙されない・騙せいない人
騙されたくはない?
- 当然な気持ちのようです
- しかし、あなたは他人を騙していないですか?
- 人とは他人を騙すプロなのです
- 動物さえも他を騙すことにチャレンジする
- カモフラージュ: 身を守るため ← 悪いこととは言いづらい
- もし、他人が騙すことしかしないならば、『私は騙されていない、気を付けている』とは言えないはず
- 「平和」「協調」← 騙す方と騙される方とが合えば成り立つ: 上手く行けば「平和」と言う
- 皆(どの生命も)、騙されている
なぜ他人を騙す?
- 自分の利益のためです(『利益 = 金だけ』ではない)
- 他を騙すことが自分にとって有意義だと思っている
- ですから、意図的にも、無意識的にも、人は他を騙し続ける
- 自分の利益のみをかんがえることはエゴであり自我
- したがって自我意識があるかぎり、人は信頼できない
自利・他利
- 自利: 自分の利益を考えること
- 自利という単語を使うことさえしない
- 誇らしげに『利他』を謳う
- これはとんでもない「騙し」
- 人(生命)には、自分の利益しか考えられない: これが厳しい真理
- 自分の利益になるならば、他人のことも考えてみる事もするが、それほど上手くは行かない
「自利」は本能です
- 自利意識を心から取り除くことはほとんど不可能
- だから白黒のラベルを貼っても意味がない
- 他人のために受難することを謳っている人に気を付ければ良いだけの話
- それから「自利」とはどのようなものかと学ぶことです
自利と自我愛
- 生命に自我愛があります
- 「死にたくはない」という感情は自我愛を表している
- 自我愛には知識・理性・判断も要らない
- これは感情(煩悩)
- だから無知に支配されている
- 自我愛は暴走して自利ではなく、自害を招くがそれには気がつかない
自我愛から自己愛へ
- 自我愛を理性で観察して自己愛へ成長させるのです
- 自我と自己
- 自我: 感情・無知
- 自己: 理性
- 意味は分かっていないが、「生かされている」という言葉がよく使われています
- 曖昧は妄想のタネです: 妄想は自己破壊
- ろうそくの炎に独立することは出来無い
- 因縁によって支えられて成り立っている
- 命も独立できない
- 因縁によって「生かされている命」と言うべき
自己愛へ進む
- 「実体として独立した命は成り立たない」と理解すれば自我の錯覚が消える
- それで自我愛が「自分に有意義な生き方」に変わる
- 自己を支える原因逹に役立つ態度・生き方をすると、自ずから自分も守られること・自分に有意義になることが見えてくる (生かされている環境を守ることが自分のため)
- この人は田を騙さない・騙せない
自我愛の矛盾
- Saṃyuttanikāya Kosalasaṃyutta Piyasutta
- コーサラ王: 「自分を大好きだと言っていても、身口意で悪行為をする人は、自分自身の敵なのです。その人々は言っている事と反対のことをやっているのです。
- お釈迦様も、この自己愛の矛盾についての感想をお認めになった
自分好き
-
“Sabbā disā anuparigamma cetasā,
Nevajjhagā piyataramattanā kvaci;
Evaṃ piyo puthu attā paresaṃ,
Tasmā na hiṃse paramattakāmo”ti. - 四方八方どこを調べても、自分に勝る好きには人は見えず。生命にはそれほど自己が好きなもの。自己を愛するものは他を害してはならない。
無駄な批判
- あの人、この人、政治家が、世界が、人を騙している、嘘をついている、などを勝手に言ってもそれは無意味な行為
- 世界は直せないもの
- 自分も他を騙しているでしょうに
- 世の人間は他人を批判することで聖者かぶりをする
- 自分が他を騙すことを止めれば良い
騙されて損する
- 相手が利益を求めて騙すので、損をするのは当たり前
- しかし、何故だまされるのでしょうか?
- 人の話にのったところでで自分が得するという錯覚があったから
- 自分の利益に目が眩んで脚間性を失ったから
- 騙すのは世の仕事、騙されないのは自分の仕事・責任
限りのない騙しのテクニック
- 生命の出現から、人は騙すことをやってきた
- だから、騙しのテクニックは個人の安全対策を遥かに超えている
- 騙されないようにすることは、極限に難しい
- 先に言えば、あるいは、繰り返し言えば、嘘も事実になるという話がある
- 事実になるのではなく、みんな、まんまと騙されただけのこと
騙しのプロ — 宗教
- 神、超能力、奇跡、預言、神の邪な行為で子どもを作った、「俺にすがらないと救われない」「この神に従うと地獄行き」、神の力で病気を治す、商売繁盛、希望・願望を叶えてみせる
- みんな大事な話だから、(ずっとそう話続けたから)事実だから一斉にノリましょう
- しかし、得をするのは宗教家だけ
- ブッダは学問的に観ても偉大なる人物です、歴史的な人物です
- その教えは、事実に合っているか否かを調べる権利・自由を与えて、事実のみ・人の役に立つことのみを語ったのです
- 二度と生まれ変わらないので、私たちからの何の利益も期待しなかった
- しかし、摩可不思議なブッダが生まれ変わっている!では信じましょう!
- 神が奇跡を起こして何億もいる人々の中で、たった一人を病気から治す←本当かどうか確かめる方法はない
- 科学的に事実になるためには、繰り返すことが必要ですが、神の奇跡は二度と繰り返すことがないので、みな揃って信じるのです
- 唱えたら煩悩がなくなる、覚りに達する呪文もある。お金を払って学びましょう
- 呪文の言葉に意味がないことは、ありがたいね〜
騙しのプロ — 政治家
- 『命をかけて国民のために頑張る』
- しかし、国民はいつでも今のまま
- 『国民の意見をよく聴いて、それに従って政治をする』
- 国民は皆、自分が統治しているような気分
- 選挙制度がなくなると、それら美しい言葉は聞けない
騙しのプロ — 大企業
- 商売の世界は明らかに自分の利益で動きます。騙していない
- しかし、『作る・開発する品物は世界一、何の欠陥もない、何の害もない代物ばかり』
- 消費者が買う気にならない場合は、派手に宣伝してマインド・コントロール
- 『そこまでして助けたい』
騙しのプロ — 科学者
- 科学の世界は、事実を発見する。しかし、まもなく別の科学者がその事実を訂正する
- 今、事実だと信じている科学は嘘でしたということになる
- 『天文学的なお金を使って宇宙開発・武器開発などをしているのは、本当に人類のためになります!』
- 『科学者も権力者も、ロマンのため・権力のためではありません。信じましょう!』
正直の人の発見
- 親は子を騙す。子も負けないで親を騙す
- 友人同士でも、利益が絡んだら裏切ってもそれほど悪くなさそうです
- 可愛い人を自分の所有物にするために、命よりも愛してあげます。本当の事なので、女性の方々はこれを信じなくてはバチがあたります
- 結局は、人を騙せない人がいるということはありえない話です
- 世の中どこをみても騙されているのです
- 触れたものを金にしてくれる『賢者の石』に似ている
- それは生命の自我愛の問題
- 度を超えた騙しは断言罪ですが、完全に無くすためには世の道ではなく、ブッダの語られた中道を実践することです
煩悩があるから騙される
- 死にたくはないとアホなことを考える、程度を超えた欲深い人は『〇〇を信じたならば死後、永遠の天国だ』という話に乗ってしまう
- しかし、死なないと天国に行けないのがオチです
- 永遠の天国を信じる人は何故一斉に自殺することを考えないのでしょうか
- 子どもが病気になったら母親は神に頼む
- 金が欲しい、権力が欲しい、性欲を満たしたい、結婚したい、将来が不安、などの束縛があると必ず誰かのカモになる
- 1510の煩悩があるから、それぐらい騙される引っ掛けを持っているのだと思ったほうが良い
- ですから、煩悩を制御する生き方は騙されないための安全装置になります
疑心暗鬼
- ここまでの話は疑心暗鬼を応援したことになる
- しかし違います: 疑心暗鬼になるのは「信じていたのに…」という無知な人
- 疑心暗鬼は無知の証拠
- 覚りが達していない生命は初めから信頼に値しない
- 自分には自分のことも信頼できないのです
- 自分のことさえ信頼できない身分なのだと思って落ち着いてしまいましょう
- 人の話に乗るか乗らないかを自分で判断しましょう
- 騙されたのも、乗ると決めた自分のせい。相手を恨むのは筋違い
- 『私も試してみました。この薬は効きます』
- 『神の手を持っている医者がいます。紹介してあげます。』
- 『納豆を食べるとガンは治ります』
- どういたしますか?
- この人々は全知全能ではありません。信じ込んでいるだけです。
- ただ、理性がなくても、「〜かもしれない」という言葉を加えないという間違いを犯している。許してあげてください
- (参考) saccānurakkhanā
騙せないようにする技
- 相手のことを慈しむ
- 人のことを真面目に心配する気持ちになる
- 自分の利益より、相手の利益を先に考える
- 自分の利益で話しているなら、その旨を正直に相手に知らせて「お願いします」をする
- 自分が信頼できる人間になっていく過程で、他人が自分を騙すことができなくなる
ブッダが説く信仰から身を守る技
- kālāma族の街を釈尊が訪ねます ( Aṅguttaranikāya Tikanipātapāḷi 2 Dutiyapaṇṇāsaka 2.2 Mahāvagga )
- 「宗教家が自説のみ正しく、他説は全て偽りだというが、皆の話を総合すると偽りとなります。私たちは宗教の話に疑問を持っています」と宗教を信仰する気持ちがないことを釈尊に告げます
- 釈尊「理性のある君達の態度は正しい」と褒めて、理性を保つ方法を教えます。
理性に基づいて自分が決める
- mā anussavena : 言い伝えだから(聖典だから)
- mā paramparāya : 伝統だから
- mā itikirāya: 皆言っているから
- mā piṭakasampadānena: テキストにあるから
- mā takkahetu: 理屈は通っているから
- mā nayahetu: 〇〇理論にあっているから
- mā ākāraparivitakkena: 話し方をみると一貫性があるから
- mā diṭṭhinijjhānakkhantiyā: 自分の考え方、信仰にあっているから
- mā bhabbarūpatāya: それもありうる話だから
- mā samaṇo no garūti: 釈尊のことを尊敬しているから(話している人が偉いから)
- (上記)これら10項目に気を付けてください。それらは真理であることの証拠にならない
- これは善であり、悪であると自分自身で知ってから(attanāva jāneyyātha)善を行いなさい、悪をやめなさいと説かれたのです
- たとえ知識人であっても騙される
- ここで知識人の弱みを説明してあります
- これで宗教・信仰から騙されること無く身を守ることが出来ます
騙されない・騙せいない人
- 完全に煩悩をなくした人
- 自分の利益に完全に達したので利益を求める必要がない
- 覚者には生命にしか憐れみしかないので、信じることに値する
- 他をいかなる理由でも騙すことをしない
- 現象の世界に対する真理を発見しているから語っている言葉は事実のみです
メモを元にしているので、不正確な部分があります。(必ずしも長老がお示しになったパワーポイント の内容通りではありません。)
初出: Fri May 13 2011 23:40 (+0900)